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青春はプールの中で12-63 - 04/30 Mon

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「流ちゃーんっ」

まさか自分の部屋じゃないのに自分への訪問者があるとは思わなくて柚木はため息を漏らす

柿内が仕事へ行ってから言われた通り適当に冷蔵庫を漁り、食べ物を食べ、昨晩酷使した体を少し休めようとしていたところだった

「よく分かったな」
「うん。ここ、カッキーが引っ越しする時カズくん手伝いに来たから住所知ってたし」

栗山にこの住所を教えたのも自分だから

「お前、仕事は?」
「それ聞くぅー?聞いちゃうー?!だってさぁ!だってさだってさぁ!!流ちゃんオレの財布ごと車持って行くからー!」
「あー・・・マジか。気付かなかった」
「免許証ないと仕事になんないから江口が休んでいいよって」
「そうか」

心配事があると仕事に手がつかないだろうし。とも言われたことは黙っておく。そして、新井は手を伸ばすと柚木の頭を撫でる

「なんだよ」
「なんか、流ちゃん顔色悪いけど元気?みたいな」
「まぁ、寝不足。今少し横になろうとしてた・・・でも思ったよりも運転余裕だったし、
「あ、そーなの?!ごめーん!オレ邪魔したね?!」
「いや、いい・・・それより、瑞樹、栗山の家どこか知ってるか?」
「はーちゃん?・・・うん。判るけど」

柚木は息を吐き出すと「教えてくれ」と静かに呟く

「・・・いいけど・・・でも」
「別にケンカしに行くとかじゃない。安心しろ」
「カッキー・・・もしかして」
「仕事辞めて栗山と別れたって」
「・・・」

新井は「チャンスじゃん」と言いたいのを飲み込む。柚木はそんなことを望んでいる顔じゃなかったから

「柿内には栗山が必要だ」
「でも」
「オレに連絡してきた・・・それだけで充分。あいつが支えて欲しいって思って連絡して来たんだ。充分だろ」
「流ちゃん・・・」
「オレは結婚するとかいう栗山に何も言える立場じゃないのも判ってる。でも、柿内がせめて何か他に見つけるまでは栗山が必要だ」

それが自分だったらどれだけ嬉しいか、全部受け入れて飲み込んでやれる。でも、それは違う

柿内が選んだのは幻影の都合がいい自分で、本物の自分じゃないから

「流ちゃんもカッキーもバカだよ。バカっ」
「あいつが友達としてのオレを望むならオレはそれを受け入れる」
「流ちゃんはカッキーのこと好きじゃんか!なのにっ!」
「あぁ、好きだよ。オレは離れてもずっと忘れられなかった。前に進むとか言いながらあいつのことばかり考えてた。だから、だからこそあいつの望むこと全部叶えたい」

泣かない、泣けない柚木を判っているから代わりに新井が涙を流す。そっと抱きしめて柚木の背中を撫でる

幸せになってほしい。ガリガリの体が痛々しくて強く抱きしめながら涙を流す

「瑞樹・・・ありがとな」
「かっこいい流ちゃん大好き。でも、甘えていいんだからね?オレに甘えていいんだからね?」
「ハハ!充分甘えてるだろ?夜突然車貸せとかさ」
「そうじゃなくて!」
「前よりずっと人に甘えながら生きてるよ。それでいいんだって柿内に教えてもらったから、今度はオレが柿内に教えてやらねぇと」

甘えることが下手なのは柿内も同じ。強くならなければ。と人に甘えられなかった柚木には柿内の気持ちが判る。でも甘えることは弱さじゃない

生きて行くには必要なこと。強くあり、時に弱さを見せる。人間だから。皆同じ人間だから支え合っていくことは弱さじゃない








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青春はプールの中で12-62 - 04/29 Sun

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早朝、布団から揺り起こされて柿内は目を開ける

酷い夢を見た気がした。最低なことをしているのに優しい柚木の手が背中を撫でてくれた気がして

「葉月、戻ったのか?」
「・・・おはよ」
「?!」

ここにいるはずがない人物に目を擦る

「な、んで・・・?」
「バーカ。電話してきたろ。待ってろっつったのにお前部屋の鍵も掛けずに寝てんだもん」

夢・・・?あれは、夢だったのか?いや、夢だった。あんなに酷いことをしたのなら柚木がここにいるはずがない。でも・・・

「・・・柚木さん、オレ、昨日」
「熟睡してたから起こすの悪ぃと思ってさー、っつかなんだったんだよ!昨日めちゃくちゃ弱った声で電話してきといてさ!もー自殺でもすんじゃねぇかってくらいの声だったからビビって瑞樹に車まで借りたのにさー!あー!久々に長時間運転したから体痛ぇしー!もー!ホント心配して損した」

柚木は体を伸ばしながら笑う
夢なんかじゃない。現実にあったこと。でも、夢にしておきたかった。柿内が気に病まないように夢にしておきたかった
痛みで思うように体が動かないし、寝不足で頭痛もするけれど笑顔で柿内の顔を覗く

「・・・悪い・・・会社辞めて、別れて、結構参ってた」
「でも寝たらスッキリしたって?うわー!ホント迷惑ー」
「悪い・・・」
「おう!で、時間大丈夫か?会社辞めたっつーけどもう行かなくてもいいのか?」

会社には辞表は出したけれどまだ引き継ぎやらなんやらで行かなければならない。柿内は時計を見て頷くと同時に今日が平日だということに柚木を見る

「あんた、今日」
「オレー?まぁ、今から帰ったって仕事遅刻で済まねえから病欠ー!有給余ってるし大丈夫大丈夫ー」
「・・・悪い」
「ふはっ!お前まじで弱ってんのな!お前起きてから何回謝ってんだよ!ないわー!お前がこんな謝るとかレアだわぁー」

いつもの調子の柚木に小さく笑うと柿内は布団から出る
昨日の夜、世界が崩れて終わったと思った。でも、朝は相変わらずやってきたし、柿内には電話で心配して駆けつけてくれる人がいた。新しい1日の始まり

「・・・柚木さん、今日帰んの?」
「あー・・・明日まで有給使えば土日あるしのんびり帰れるからなーって迷うところだなー」
「じゃあ、夕飯」
「おう!決まり!明日もオレ病気!」
「・・・柚木さん、オレホントに昨日」
「電話してきたの覚えてないわけ?」
「じゃなくて・・・いや、なんでもない」

やっぱり夢だったのかと少し安心するとシャツに腕を通す

「柿内のスーツ姿もレアー!」
「・・・まぁ、冷蔵庫の中適当に食べて飲んでゆっくりしてけよ。あ、出掛けるなら鍵・・・」

自分の鍵を渡そうとして机の上に置いてあるスペアキーに気付いて言葉を飲み込む

栗山に渡していた鍵。本当に別れたのだ。もう戻ってこないのだ

「柿内ー?」
「あぁ、これ、葉月置いてったからあんたこれ使って」
「・・・大丈夫か?」
「バカ。振られただけだ」

柚木は鍵を受け取ると小さく頷く

柿内の恋愛は外見だとか性格だとかそんな単純なものじゃない。ひとりの人間を尊敬し、大事に思うところから始まるのを理解している。性欲よりも大事にし、甘やかし、自分のものにしたい、慈しみたい。その気持ちから付き合い、愛するのだ。そんな大事なものを失って振られただけ。だなんて片付けられるわけがない

「あ、朝メシは?!」
「食欲ねぇ。あー、あんたは冷蔵庫漁って」
「・・・柿内」
「あー?」
「話、したけりゃ聞くから」
「・・・おう」
「じゃあ、いってらっしゃい」

ふわりと重い体が軽くなる気がした

ずっとあの時のように柚木に見送られたかった。想い出の中のことがまた現実になった

「・・・いってきます」

照れ臭かったけれどそう言うと、別れたばかりで苦しいのに自分はやっぱり最低だと玄関のドアを開けてそう思った








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青春はプールの中で12-61 - 04/28 Sat

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途中、ナビがあるにも関わらず道に迷ったけれどなんとかたどり着いた柿内の部屋。もう日付も変わってしまったけれど、あれから連絡も来ていないけれど柿内から届いた宅配便の住所を頼りに柿内の部屋の前へやって来た

緊張した。柿内がちゃんとここにいるのか。それより生きているかが不安でインターホンを押す

「・・・」

もしかして遅いから寝てしまったのかと思いながらドアノブを捻る

「あ」

鍵のかかっていないドアが開いて一層緊張を感じる

「柿内?」

部屋へ上がり、光の漏れる部屋のドアを開ける

「柿内」
「・・・」

机に突っ伏している柿内の肩に触れるとそっと顔を上げる柿内
泣いてはいない。でも、酷い顔にそっと頭を撫でる

「寝るならちゃんと布団で寝ろ」
「・・・さっき消えろって言ったじゃん・・・でも消えてくれねぇのな」
「・・・」

あぁ、また幻を見ていたのかと思いながら弱っているときに自分の幻を見てくれていた柿内に目を細める。幻影だと思うのならそれでもいい。その方が柚木にも都合がいい気がする

「何があった」
「判ってんだろ。オレの作り出した幻なら」
「あぁ。でも、声に出して吐き出した方が楽になることだってある」

そっと柿内の頭を撫でる

弱っているというよりも誰も信じていない昔の柿内のように尖っている瞳。でも、この瞳は柿内の虚勢で本当は優しいことを知っている

「葉月が結婚するって・・・仕事でも趣味でも打ち込めるもんありゃよかったのに。あんたん時みたいにゼミで研究必死になれたら辛くても忘れられたのに」

栗山が結婚?そう聞き返したいのを我慢する。だって今は幻影だから

「でも、同僚にっ、友達だと思ってたけど嫌われてて貶められてっ・・・仕事も辞表出したからっ・・・あ・・・やっぱ、オレ仕事で金貰えてたから葉月に惚れて貰えてたのか?金がなけりゃオレなんて」
「違う!」
「なんで消えねぇんだよ・・・消えてくれねぇから葉月だって愛想尽かす。葉月じゃなくたって・・・忘れられない人じゃなくて忘れたくない人ってなんだよ。クソ。忘れたくねぇよ!ひとつだってあんたのこと記憶から消したくもねぇんだよ!」

じわりと胸が熱くなる

前へ進んでいた柿内が自分を忘れられなかった?忘れたくなかった?それだけで満たされて、埋められてしまう心のピース

「オレが最低なんだ・・・葉月が悪いんじゃねぇ・・・」
「お前も悪くない」
「悪いのはあんただよな」

その通りだと思った。傷付いている柿内相手にどこか喜んでいるのだから

「!・・・柿内?」
「消えねぇのはこういうことか・・・」
「え・・・待っ・・・っ」

急に抱きしめられて熱っぽい顔で見つめられて息を飲む。恋人だった時に時折見せられたこの顔。その度に柿内に求められている気がして幸せな気分になれたあの顔。でも、今は恋人じゃない。いくら栗山と別れたと言っても・・・いや、別れたからか。と柚木は小さく息を吐くと目を瞑る

苦しくて誰かに甘えたいのだ。幻影の柚木にだからできることなのだろう

現実だけれど柿内のために幻影になりきろう。そう思いながら柚木は身を委ねる

「柚木さんならこういう時甘えんじゃねぇって怒るだろ・・・なのにホントオレ都合いいよな」
「・・・」
「なんで葉月じゃねぇんだよ・・・こういう所があいつに愛想尽かされる原因だろっ・・・なんで、いつもあんたなんだよ」

抱きしめられてそれをそっと抱き返す

自分と別れた時もこんな状態だったのだろうか・・・思い返してくれていただろうか

「・・・や、待・・・入らないっ!柿内っ!」

下着をずらされて下肢へ当てられる熱い昂りに恐怖を感じる。幻影になりきろう。そう思ったけれど何も準備もしていないそこは固く閉じていてそれを無理矢理開こうと、捩じ込もうとする柿内に首を振る

「挿れさせて。な?」
「っ・・・柿内っ・・・」

先走りを塗りつけられて押し付けられて無理矢理ねじ込まれる。熱い楔に貫かれて熱と痛みに声すら出ない

「クソ・・・オレの幻のくせになんであんたは叱ってくれねぇんだよ!弱いって罵れよ!辛いからって八つ当たりでこんなことして最低だって言えよ!そしたらオレは・・・オレはっ・・・」

痛い。苦しい。熱い。でも、それ以上に柿内の苦しむ姿が辛い

柚木は柿内の背中に回した手でギュッと抱きしめる

あの時は自分が苦しめた。だから今は、今、自分で少しでも苦しみから逃れられるならばこの痛みを甘んじて受け入れる。そう決意した抱擁だった








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青春はプールの中で12-60 - 04/27 Fri

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ドンドンドンドン

夜の大きな音にはまだ慣れない。日に日に増える実家からの小言にうんざりして部屋を借りたのはいいけれど実家を出るまではなかった夜の静寂の中の大きな音

酒井は恐る恐るドアスコープで外を覗くと男の姿を確認してドアの前で足を竦ませた

「えりちゃん」
「え・・・」

知らない男かと思ったのに、どこかの酔っ払いだと思ったのにその声にドアを小さく開けて覗く

「・・・えりちゃん」
「ちょ、ホント?!」

やっぱりドアを叩いていたのは栗山で慌ててドアチェーンを外してドアを開ける

「どうしたの?!栗山く・・・え?」

すぐに抱きしめられてどうしたらいいかわからず硬直する酒井。恋人がいても栗山は男で、でも学生時代は一瞬でも付き合ったことがあって今でも密かに好きな相手で

「別れたよ」
「え?」
「別れ・・・っ・・・えりちゃーん!ヤダよぉ!オレ頑張ったけどヤダよぉー!」

酒井は迷っていた手で子どもをあやすように栗山の背中をポンポンと撫でる

今までずっと聞いてきた柿内の話。栗山がどれだけ柿内を好きなのか誰よりも知っていたし、同時に栗山は家の話も酒井に話していた

「うん。そっか。頑張ったよね」
「頑張った・・・でも、でもっ」
「うん」

栗山が家からどれだけプレッシャーをかけられているのか聞いてきた。酒井も結婚はだとか恋人はいるのかだとか将来のことはどうするつもりだとかあまりにもうるさくて家を出たからよく判る

「結婚するって・・・柿内くんに言った・・・でもムリ!ムリだよぉ!柿内くんと別れるのは頑張ったけど頑張っても結婚はヤダよぉ!お見合いに偏見じゃないけどオレ、好きになれるか判らない!愛せるか判らない!そんな人と結婚っ!ヤダぁー!!!」

酒井はひとつ深呼吸をすると栗山の背中を抱きしめる

「じゃあ、私と結婚しよ」
「え・・・」

あまりにも驚いて涙もピタリと止まってしまう

「・・・えりちゃん?」

冗談かと思ったのに酒井の顔を見つめると真っ直ぐ優しい顔をしていて栗山はフニャリと顔を歪ませてまた涙を流す

「えりちゃんカッコ良すぎるでしょ!それっ!」
「まぁ、私だったら浮気は許さないけど柿内さんのこと思い出したりたまに寝言で柿内さんの名前呼ぶくらいは許してあげられる」
「っ・・・ぅぅ」
「まぁ、私みたいなブスは結婚できないだろうし」
「バカ!えりちゃんは可愛いって何回言ったら判るの!!!」

ギュッと酒井を抱きしめる

柿内を失った喪失感が和らぐ気がして

「結婚してくれますか?」
「オレのセリフ全部取らないで!!!」
「アハハ。ごめんね。このセリフ柿内さんからじゃなくて私からで」
「っ・・・オレ、カッコつけてるけどダメ人間だよ?」
「知ってる」
「オレ、そりゃえりちゃんのこと好きだけど可愛いと思うけど柿内くんのことまだ暫く引き摺るよ?もしかしたらずっとかもだよ?!」
「判ってる」

栗山だって柿内が柚木を引き摺っていてもいいと思いながらも苦しかった。それを酒井にさせるというのに迷いを感じる

「私の前でカッコつけなくてもイイよ。ダメなところも柿内さんのこと好きなのもずっと見てきたんだし。今更だし」
「っ・・・」
「私に彼氏できなかったの、私の器量だけのせいじゃないの判ってる?!」
「・・・えりちゃんは可愛いのになんで彼氏できないのかなって思ってた」
「栗山くんがしょっちゅう連絡してきて柿内さんの話してくるから!私誰よりも栗山くん優先できたんだよ?!」

あぁ、そういえばいつだって付き合ってくれていた。と思いながら栗山は鼻を啜る

「オレ、なんか世界が終わった気がしてたけど始まった気もしてきた」
「相変わらず調子いいこと言って」
「ホント!確かにね!柿内くんのこと考えると悲しくて苦しくてもうダメだーってなるけどその代わりにえりちゃんがずっと傍にいてくれるって思ったら平気になってきた」

こんなにも女で良かったと思ったのは今が初めてだと思う。ホントは同性が好きだという栗山を見ていて何度なんで自分は男じゃないんだと悔やんだことか。でも、結婚して親を安心させたい。そんな栗山に選んでもらえるのなら1番じゃなくたってイイ。きっと2番目だって栗山は愛してくれるから

「またえりちゃんに恋していいですか」
「今度は信じていいですか」
「うん。ごめんね。ありがとう。よろしくね」

こちらこそ。そう酒井が言うと顔を見合わせてくしゃくしゃの笑顔で2人笑った








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青春はプールの中で12-59 - 04/26 Thu

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1人残された部屋。今まで築いて来たもの全てが壊れた日。たった1日で大学を卒業してから築いて来たもの全てが壊れたのだ

たった1日で全部

「・・・」

もう何も判らない。何をしたらいいのかもどう呼吸するのかも

全てを失った春川は仕事に打ち込んだ。でも柿内にはその仕事もなくなった。まだ何日かは会社には行かなければならないけれど打ち込める仕事はない。だから今すぐに誘われている仕事をして全部忘れたい。でも、場所が場所だけに今すぐに身の回りを整えていくこともできない

いっそのこと壊れてしまいたかった

手に取った携帯の発信ボタンを押す

壊れてしまいたい。全てなくなったのだから自分もいなくなりたい。という欲求を抑える理性で自分を取り戻せる相手へ電話を掛ける

『おう。どーしたぁ?いきなり電話とか驚くわ』

耳に聞こえてくる声は柿内の理性の糸を繋ぎ止める。でも、言葉がどうしても出てこない。壊れた世界に置いてきてしまったかのように

「・・・も、ムリ」

絞り出すように呟いたその言葉は電話の向こうを慌てさせる

『どうした?!大丈夫か?今1人か?!』
「・・・」
『栗山はどうした!オレと電話してて平気か?』
「・・・柚木さん・・・っ・・・ゆずっ・・・きっ・・・さんっ」
『待ってろ。いいな?!待ってるんだ!何もしなくていい。何も考えなくてもいいからただ落ち着いてオレを待ってろ』
「っ・・・」
『いいな?柿内。何もしなくていい。どこにも行かなくていい。オレが今から行く。待ってろ』

きっと友人に裏切られていたことがわかったから親友だと思っている但馬に連絡はやめた。同じように今は友人だけれど誰よりも頼れる相手。それが柚木だから。本能が壊れそうな柿内を止めようと柚木に連絡をした。そう。本能が柿内を行動させた





柿内から連絡が来るとは思っていなかった柚木は食事の手を止めてすぐに新井に電話を掛ける

「あぁ、瑞樹?車が借りたい。うん。悪い。今すぐ」

電車の最終とか調べている余裕はない。ただ、あんなにも弱った柿内の声に不安で今すぐ行かなくてはいけない。そう思って部屋を飛び出した。酒を飲んでいなくて助かっただとか考えながらじっと待っていることができなくて新井が通る道を走る

「流ちゃーん!」
「瑞樹、急に悪かった」
「ううんー!でもどうし・・・え!待ってよ!」
「柿内ん所、急いでる」
「え!カッキー?!なんで!ちょ!今から1人とか・・・あーもーーー流ちゃんーーー」

運転席から引き摺り下ろされた新井は自分の車で走り去って行く柚木を仕方ないという表情で見送る

柿内絡みの事情では仕方ない。いつだって全力で走り回っている柚木だけれど柿内のことになると必死になってしまうことを学生時代から知っているから

「流ちゃん、頑張って」

新井の応援は夜の闇に消えて行く

「あー!!!車ない!オレどーやって帰るの?!あー!財布も車ぁぁぁ!!!」

新井は自分の状況にハッと気づいていつもの調子でそう叫んでポケットにあった携帯で恋人の但馬ではなく親友の江口に電話を掛けたのだった







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青春はプールの中で12-58 - 04/25 Wed

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ポケットの中で携帯が震えて取り出し、来たメッセージを確認する

『話あるから時間あったら寄ってくれ』

簡潔なメッセージ。それはいつものことだけれど柿内が会いたいでもなく話があるというのはなんだと思いながら了解のスタンプを送る

理由はなんだって柿内に平日に会えるのだ。なんだっていい

栗山は気分を上げて残りの仕事を片付けていった









「たーだいまー!なーんてね」

鍵のかかってないドアを勝手に開けて柿内の部屋に入ると静かな部屋に上がる

「お疲れ」
「・・・あれ?なんか買って来た方が良かった?」

いつもだったら頼んでいなくても食事の用意がされているテーブルに何もないのを見て首を傾げる

「あー・・・悪い。何も作ってなかった」
「・・・まぁ、うん。イイけど。食べに行ってもいいし」

話というのはそんなに重大なのかと思いながらネクタイを緩める

「・・・仕事辞める」
「え・・・は?!」
「だから」
「な、なんで!」
「色々あった・・・」

噂話が勝手に歩いて嫌気がした。というよりも今は友人にずっと裏切られていたという方が大きい

「そ、そうなんだ・・・」
「それで、オレ、教授から言われてた仕事受けようと思う」
「え」

それは柿内の大学の近くで、ここからは遠い場所。そして・・・

「だから、できたら、そりゃ、難しいとは思うけどお前にも」
「アハ・・・アハハ!」
「・・・?」

突然笑い出した栗山に怪訝な顔をして笑う栗山を見つめる。喜んではいない。最初からついて来いだなんて喜ぶわけがないと分かっていたけれどこの反応は予想していなかったもの

「ついて来いってー?それとも遠距離ー?ムリムリムリー!」
「・・・でも」
「うん。イイ機会だ。うん・・・別れよ」
「え」
「オレね、地元帰って結婚する」
「え」

聞いていない。初耳だった。そんな素振りさえ見せて来なかった栗山に柿内は言葉を失う

友人だと思っていた同僚に裏切られて栗山にまで・・・もう何も信じられない。これが全部夢なのじゃないか、夢であればイイ。そう思いながら回る世界で足に力を入れる

「上手く・・・いってただろ」
「目に見える問題があれば解決するように頑張ったよね。でも問題って目に見えないから大きくなるんだよ」
「っ・・・別れねぇよ!オレはお前のことが好きだ!」

この男が好きだ。はっきり別れない。そう言ってくれる程になった。その事実だけで充分。これで絆されて流されればもう自分も離せないから実家へ戻るチャンスもなくなってしまう。親孝行しなければ。と思う栗山の想いはそのうちきっとお互いを苦しめるからこれが最後のチャンス

「柚木先輩のこと忘れられなかったくせに」

これは言いたくなかった言葉。ずっと飲み込んで来た言葉。最後にするために、だからこそわざとこの言葉を使う

「オレは」
「うん。イイって言った。忘れられなくてもイイって。でもね、柿内くん違うもん。忘れたくても忘れられない人じゃなくて、柚木先輩は、柚木 流は柿内くんの忘れたくない人なんだもん」

グラグラ回っていた世界が足元から崩れるようで柿内は何も言えなくなる。崩れていく世界とともに言葉さえも崩れていくような感覚で

「キッチンの右下の棚の奥」
「?!」
「アハ、誰があの物置になってた部屋片付けたと思ってんの?埃が被ってるたくさんの段ボールの中でひとつだけきれいな小さい段ボール。そっと場所変えたんだね。柚木先輩の想い出が詰まった段ボール。想い出だけじゃない。今も増えてるよね。ごめんね。勝手に見たりして」

裏切ったのは栗山じゃない。柿内。捨てられなかった柚木の想い出。そこへ最近増えていった柚木からの手紙。内容は大したことじゃない。ただ、毎回美味しかった。だとか少し体重増えただとかそんなことばかり。でも、捨てられなかった柚木の文字

「それに、転職するなら他に道あったじゃん?柚木先輩の傍に行かなくてもさ」
「っ」

確かに。誘われて魅力ある仕事内容でも栗山といるために選べた道は他にもあったはず。でも、そうしなかったのは・・・

「じゃあ、おしまい!はい!お疲れ様でしたぁ!オレお腹減ったから帰るねー」
「葉月・・・」

立ち上がった栗山を情けない顔で見上げてくる

柿内は初めて見る顔。揺れる心。でも作り笑顔は得意。心に鍵をかけるのも得意。今までずっとやって来たこと。笑顔で手を振ると足早に柿内の部屋を出る

泣き出しそうで抱きしめたくて抱きしめて欲しくて壊れそうだったから







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青春はプールの中で12-57 - 04/24 Tue

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辞表の書き方を調べて書き終わった頃、休憩所の自販機でコーヒーを買おうと柿内は休憩所へと足を向けた。とりあえず書いたはいいけれど、これをどう提出すればいいのか考える。やはり何か言いながら提出すべきなのだろうが、それを部門長である春川にどう言えばイイのかを悩む
まさか、本人にあなたとの関係を疑われるのがめんどくさくなったから。だなんて言えそうにない

「マジマジ!呼び出しくらってた!」
「えー!でも分かんないじゃん」
「いやいやーオフィスラブはやっぱヤバいってー!人事部が動く程だよ?っつかもーさ!なんていうの?普段からアイコンタクトで繋がってる!みたいなさ!」

足が自然に止まる
言いたい奴には言わせておけばいい。勘違いしている奴は放っておけばいい

いつもだったら気にしない柿内。噂話の中心でもいつものようにズカズカ目の前を歩き自販機を使えばいい・・・けれどできないのはこの声を知っているから

友人に恵まれた

柚木と出逢ってから見習うように丸くなっていった性格のおかげか今まで人に恵まれてきた。助けになってくれる、親身になってくれる友人が傍にいた

心配し、気に掛けてくれる友人が・・・

「ねぇ、佐藤さん、さっき見せてくれた写真もう一度見せてくださいよー」
「んー?いーよー!ほらほらー」

信じたくなかった。声で判っていたけれど似た誰かの声だと思いたかった。名前を聞いても信じたくない。よくある苗字じゃないかと信じたくなかった

「あいつバカだよなぁー。女で出世棒にふるとかさー」
「まぁ、蓼食う虫もーとか言うし幸せならいいんじゃないのかなぁー」
「ふはっ!どっちが虫って言ってんの!」
「やばい!どっちも蓼っぽい!」
「んでさらにどっちも虫っぽいっ!」

噂の真偽を確かめに来てくれた。一緒に飲みにも行った。遊びに行くのだって

「でもさー、これリークする佐藤さん1番性格悪ーい!怖ーいっ」
「そうそう。だって普段仲よさそうにしてるじゃん」
「最初から嫌いだよ。あいつみたいなタイプ」

ぐらりと視界が揺れた気がして何か飲もうとしていたことなんて忘れて静かにその場から逃げるように立ち去る

慣れていたはずだった。いや、嫌われるのが怖くて自分で一線を置き、ワザと嫌われるように振舞って来た。言葉遣いも態度も全部。そんな自分が寂しくて嫌いで変わろうとして柚木を見習って・・・

でも結局柚木にはなれない

弱い自分を変えたかった

柚木を支えられなかった弱い自分を

甘えてくれる栗山を傍に置いて甘やかせる自分は強いのだと酔っていた。仕事に全力を注ぐことなくぬるま湯に浸かっていた。浸かりすぎていた

強くなれない

強くない

人は弱い

いや、自分は弱い

弱いのは自分だけ





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青春はプールの中で12-56 - 04/23 Mon

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魅力ある仕事を見せられた後、柿内は毎日が単調だと感じるようになっていた

確かに仕事はしているけれど充実している栗山とは違う自分がどこか虚しくなってしまう

「はぁ」

平日帰宅すると趣味もないしテレビも面白く感じないひとりの部屋は料理する以外に特にすることはない

机に置いたダイレクトメールだとかチラシの束に混じった請求書でもないかとチェックすると何の変哲も無い白い封筒に手を止める
手書きの宛名。なんだと裏を見ると「あ」と思わず漏れる声

柚木 流

という文字に目を閉じて大きく深呼吸した後に封筒を開ける
柿内が送った保存食を食べたのならメールで済ませばいいのにわざわざ手紙で送り返してくるところは柚木らしいと言うべきなのかもしれない

『わざわざ送ってくれてありがとう

美味かった』

たったそれだけ。メールの方が簡単で安価なのに。本当に柚木らしくて柿内は頭を抱える

柚木が好きだった

大好きだった

今だって会いたいなんて言われたら友達だけれど、遠距離だけれどすぐに駆けつけたくなるだろう
こんなに引き摺るならばあの時身を引かなければよかったのだ。今は栗山がいるからだなんて言い訳にすぎない

ここへ来たのは、決めたのは全部柿内自身

「・・・次は何送るかな」

1人で何もすることのない寂しい部屋だなんて考えは吹き飛んだ
柚木へ送る分と栗山の分。それを空いた時間に作ることができるのだから仕事内容が虚しいだなんて嘆いている暇はない

仕事があって休みもあって自由な時間も豊富にある。給料もいい今のこの状況を喜ぶべきなのだと柿内はひとり小さく頷いて包丁を握った




柚木へのクール便が定期的なものになった頃、いつものように出社すると周りの目に違和感を感じた柿内

「柿内くん、ちょっと」

普段顔を合わせることもない人事部の部長から声を掛けられてなんだと思いながら席を立つ

通された会議室で出された画面

「・・・」

以前、誰かが撮ったらしい春川とタクシーに乗り込む姿。これが春川と噂になっている原因なのは佐藤からも聞いていること

「どういうことか、だなんて野暮なことは聞かない。社内恋愛については私たちは何も言うつもりはないからね。イイ大人なのだし」
「は?」
「だが、同じ部署。上司と部下だ。キミがいくら成果を上げてもそれは恋仲だという欲目が入らないわけがない」
「いや、オレは」
「だから、キミには少しの間出向という形で」
「待っ・・・てください。春川部長とはオレホントに何もない」

人事部の部長はニコニコと微笑みながら首を振り、写真を変える

「こういうものが出回っていてはね」
「・・・」

春川が泣いているのを慰める為、迷った手を春川の肩に乗せたのは事実。けれど、それは家族を思い出しながら涙を流す春川を元気付ける為で、同情したからでそれ以上でもそれ以下でもなんでもない

「春川くんもね、キミと同じように否定した。だがね、事実でも事実じゃなくてもこういったことはね」
「・・・もういい」
「うん?」
「・・・めんどくせぇ・・・クソ。辞表出しますから」
「そうか」

引き止めることもなく頷いた人事部長に柿内はため息を吐くと立ち上がる
仕事に大きな魅力も達成感も感じられなくなった所だった。それでも給料の良さと自由な時間があるからと甘えていた日々。でも、それもこんな噂を広められて誰かが自分を貶めるようなことをする場所にしがみついてまでいたくなかった

栗山のことを考えたら、今後のことを考えたら、確かに不安はある。でも、それ以上に柿内は怒りを感じていたし、ここに居たくない。そう思ってしまった

勤め先を聞かれれば、皆に憧れられたこの会社。でも、実際は下らない。実に下らないと柿内は苦笑する

「辞表書き次第提出していなくなるんで」
「そうか」
「失礼します」

引き止められないということはその程度だったのだ。柿内がいなくなった所で何も感じない会社。厄介者が自ら去ってくれる。その程度。悔しい。自分はその程度だということが悔しかった








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青春はプールの中で12-55 - 04/22 Sun

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昔は柿内と暮らした部屋。柿内が出て行ってからも誰かが頻繁にこの部屋を訪れ、共に過ごしたけれど1人には広すぎる部屋

柚木はコンビニで買って来た弁当を机に置くとため息を吐き出す

柿内と再会してから少しずつ食べる量を増やしてはいる。柿内と次に会う時には以前に近い姿になっているように。そう柿内とも約束したから

でも、美味しいと感じられない食事をたくさん摂るのは苦痛でしかなくて結局前に進めていないじゃないかと自嘲した

そんな静かな柚木の部屋にインターホンが鳴り響き、誰が遊びに来たのかと体を起こして玄関へ向かう

「お届けものです」
「あ、はい」

友人ではなかったことに落胆しながら多分実家からの荷物を受け取りサインをすると差出人を見て目を見開き、荷物をすぐに開く

クール便でやってきたずっしり重いその荷物

差出人の名前は柿内でダンボールを開くとタッパーや袋に詰められた料理だとすぐに分かる
柿内がここにいた頃、よく冷凍庫を埋め尽くしていた彼の手料理

「っ・・・これはヤバいだろ。バカ」

前に進めると思ったのにこれでは進めない。優しい柿内。誰よりも自分を判ってくれる柿内

コンビニの弁当はもう何も魅力がない。空いたとも思っていなかった腹が空腹だと柚木に訴えてくる

「美味そう」

そう呟いて今からどれを食べようか物色しながらこれなら今すぐ全部食べられそうだと思えて来て食欲がなかったはずの自分に苦笑した

「あ・・・」

タッパーの間からメモが出てきて普通、手紙なら1番上だろうに。と思いながらそれを読む

『また送る。ケチケチ食うと冷凍庫大変なことになる』

たったそれだけ。たったそれだけなのに柿内の懐かしい汚い字に小さく微笑む
柚木は「よし」と言いながらいくつかを机に置いて残りを冷凍庫へとしまうと小さな鍋にカチカチになったスープを入れて火をつけ、タッパーを電子レンジへと突っ込む

コンビニ弁当はもう必要なかったけれど、柿内が送ってくれたものと一緒なら食べられる

「明日からは米炊こう」

そう呟いてまた笑う
柿内の料理があるだけでこんなにも幸せになれる。美味しいからじゃない
柿内の心がこもっているから。友人も大事にする柿内だから自分も大事にされるのだと思うと最低な自分を許して優しくしてくれる柿内が友人だということを誇りに思った

できた料理をそのままコンビニ弁当と共に並べると一気に豪華になった食卓

「いただきます」

手を合わせて口をつけるとどんどん進む食事

「美味い」

柿内のレシピ通り作ってくれた但馬だって母だってこの味とは違った。こんなにも食欲を湧きたててくれるのは柿内の料理だけ

でも

手離したのは自分

間違っていたと後悔してももう遅い

柿内の隣にずっといたかった。でも、もう遅い

「柚木さん、美味い?」

柚木の頭に浮かぶのは夢中で柿内の料理を食べる柚木に呆れたように、でも嬉しそうに笑いながらそう聞いてくる柿内の姿

でも

もう2度とそう直接聞いてくることはない柿内の姿





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青春はプールの中で12-54 - 04/21 Sat

trackback (-) | comment (4) | 青春はプールの中で
「こっちはこっちでなんだかんだ忙しいんだよ。判るでしょ?」

恋をした

自分の中で叶うことがないから許した恋

でも気持ちに何重にも蓋をして隠した恋心

「うん、判ってるけど」

思いがけず叶った恋心

最初で最後。そう自分に言い聞かせて最後のワガママだと祈りながら。それが長く続くように祈った

「別に帰りたくないとか言ってないじゃん」

長く続けばいい。そう思っていたけれど、予想していたよりも、予定よりもこの恋は終わらない

終わりたいわけじゃない。終わらせたいわけじゃない

でも永遠じゃない

期限付きの恋

「だから、それは・・・いる!だからお見合いとかマジいらないし!」

想像していたよりもずっと優しくて、居心地のいい彼の隣
何も聞かないから何も言わない

誰も聞かないから答えない

聞かれたとしても素直に言えない家庭の事情

「まぁ、そのうち・・・うん。また連絡するから。判った」

電話を切った栗山は大きく長いため息を吐き出す
判っている。ずっと理解はしてきたこと。でも、今が楽しくて幸せでこれを自分から壊すことなんてできなくて。現実から目を背けるようにして先延ばしになっている帰省

顔を合わせれば泣きつかれ、説得されて頷くしかないだろうことは判っているから帰れない。帰りたくない。親が嫌いなわけじゃない。付き合っている相手が同性だという後ろめたさも多少はある。こんなにも同性と、柿内と続くわけがないと思っていた誤算

帰省した柿内が会わないと言っていたけれど再会したのは判っていた。帰ってきた時、顔を見てすぐ判った。でも、それをどう話そうか迷っていた柿内に、まだ幸せな時間を手放したくなくて柿内の言葉を遮って押し切った。柿内の嘘くらい判る。いや、嘘を吐く気はなかったのかもしれない。嘘を強要したのは自分

「そろそろ潮時っつーやつー?」

天井を見上げるとすぐに天井が滲んで見える

楽しい、幸せな時間。これを手放すのだと思うと、これからは好きでもない相手と好きになれるかわからない仕事に追われるのだと思うとやっぱり嫌で顔を両手で覆った

あの時、遮らなければよかった

柿内に嘘を強要しなきゃよかった

大ゲンカして別れ話・・・そして自分は

「ヤダ・・・なぁ」

小さい頃から父の会社を継ぐのだと言われていた。女の子の格好をさせられて可愛い可愛い。そう母に囁かれていたけれど父の前では男らしくあれ。そう育てられた

いい暮らしをさせてもらった

大学時代も周りの友人より明らかに多い仕送りなのも判っていた
無理してバイトしなくても余裕のある暮らしができたのは両親のおかげ

判っている。恩返しするべきなのも、親孝行すべきなのも判っているけれどなかなか踏み切れないのは今が幸せすぎるから。楽しすぎるから

「・・・あと、少しだけ・・・あと少しだから」

そう誰もいない部屋で呟くと栗山は両手で頬を叩いた








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